境田川原踏切

2016年から2020年までの4年間、家族で境田町のアパートに住んでいた。初めは妻と二人暮らしだったが、その後娘が生まれ、その2年後には息子が生まれた。境田町界隈には、あの頃の楽しい思い出がたくさん詰まっている。

その境田町界隈のはずれに「境田川原踏切」があった。
境田川原踏切はIGRいわて銀河鉄道の盛岡駅~青山駅間、盛岡市北夕顔瀬町にある第1種踏切で、資料によると踏切長は19.5m(長い)、踏切道の幅は3.3m(狭い)、自動車交通量が1日2038台で歩行者交通量は1日777人。幅が一車線分しかないため車のすれ違いはできず、奥に盛岡車両センターがあるので入換作業が多く遮断の時間も長い。直近の事故としては2015年2月にタクシーが列車と接触してタクシーの乗客が怪我、同じく2015年7月には歩行者が列車にはねられて死亡、と大分危険な踏切であった。

2016年6月17日 国土交通省東北地方整備局道路部地域道路課 公表「踏切安全通行カルテ」より一部抜粋http://www.thr.mlit.go.jp/road/fumikirianzen/pdf/fumikirianzen.pdf


境田川原踏切がいよいよ新しくなるという新聞記事を岩手日報で見たのは2019年1月。その後関連工事のスタートは2019年8月。それから1年半続いていた工事が2021年1月31日に全て終了、2月1日になったタイミングで全面開通となった。
ということで今回は境田川原踏切フォルダから過去写真を引っ張り出して、ここ1年半を振り返ってみる。

2019.9.4。踏切西側(境田町側)。工事の出だしは一帯の北側にある三角形の土地に立つ家屋の取り壊しから始まった。
2019.9.14.① 踏切西側。家屋が亡くなり更地になった。
2019.9.14.② 更地のアップ写真。更地の隣の駐車場スペースとその奥の個人の花壇&畑はまだ健在。
2019.10.16。花壇&畑の横を走る娘は当時1歳。娘は散歩でここを通るたびにきれいな花と沢山実る野菜を見て喜んでいた。大いに楽しませていただき、大変ありがとうございました。
2019.11.16.① 一帯の北側の家屋が更地になった後、今度は南側にある畑も更地になった。
2019.11.16.② 南側の更地のアップ。奥の花壇とその奥の駐車場は残っている。ちなみに駐車場に停まっている軽トラは石焼きいも販売車だった。
こんな感じ。気になる存在ではあったが自宅でダルマストーブの上にのせて作る焼き芋が十二分に美味しくて、結局買わずじまいだった。(ちょっと時間が前後して2019.11.8。)
2019.11.26.① 北の家屋、南の畑と来て次は真ん中の花壇が更地化。
2019.11.26.② 家屋と花壇&畑がまっさらになって大分見通しが良くなった。しかしいつも思うがそこにあったものがなくなるというのは思い出も一緒になくなるような気がして何とも寂しい。
2019.11.28.①。最後まで残っていた真ん中の駐車場スペースも潰された。
2019.11.28.② 工事内容を示す看板。施工者は株式会社ヤマ…え、これ何て読むんだ?
ああなるほど、ヤマヨでしたか。
2019.12.3.① 真ん中の花壇と駐車場のスペースが合体して砂利が敷き詰められ、ついでに資材置き場になった。
2019.12.3.② 南の方から眺めてみる。
2020.1.12。畑だったところに砂利が敷き詰められ、「工事中」の電光掲示板も設置された。砂利を踏み固めるオレンジ色のミニローラー車が画面奥に見える。
2020.1.22.① 踏切に向かう道路の一部が、アスファルトが剥がされて砂利敷きになった。
2020.1.22.② 踏切の西側の家屋に取り壊しの看板が立っている。道路拡張に伴いお金をもらってどこかに出ていくのだろうか。
2020.1.27.① 踏切西側の家屋の解体が進んできた。
2020.1.27.② 道路のアスファルトかどんどん剥がされていく。電光掲示板の隣に「通り抜けできません」の看板が立った。
2020.1.30.① 「立入禁止」の看板も立った。
2020.1.30.② HITACHI製ミニローラー車。正式名は分からない。
2020.1.30.③ 早い段階で側溝の整備は始まっていた。写真は灯油を焚いて側溝内に熱風を流し乾燥させている様子。
2020.2.2.① アスファルトが剥がされた道路の範囲が拡がった。アンパンマンとバイキンマンを大事に持って歩く娘は2歳。
2020.2.2. ② 立入禁止の看板のキャラクターに向かって「おーい、起きろー」と話しかける娘のその発想力に感服。確かに寝ているように見えます(笑)。
2020.2.2.③ 西側に向かって。思えば実に狭い踏切であった。まあでも不便な分対向車の運転手とアイコンタクトを取りながら待ったり進んだり、空気の読み合いが楽しかったわけで…もなく。
2020.2.2.④ 踏切西側。結構な急坂で、私の二駆の車だと凍結した冬のこの坂は助走無しでは登れなかった。下手なところで止まるとアウトなので、冬は対向車との掛け合いがより難しくなるのであった。
2020.2.2.⑤ 大きな砂利を珍しがり集める娘。その無邪気さに感銘を受けながらシャッターボタンを押す。
2020.2.2.⑥ ただの石コロも娘にとっては宝物。その心が宝物、大事にしてほしいなあと願う。三つ子の魂百までというし、幼少期のマインドはベースとしてずっと残り続けるはず。よし、これからも一緒に外にでて色々楽しもう。
2020.2.18。何故か夜の踏切を撮りたくなり、フラフラと出かけて行って撮影(徒歩1分)。まだ踏切が行き来できていた頃。
2020.4.16. ① 息子の出産でバタバタしてしばらく写真を撮れていなかった。2ヶ月の間に大分様変わりしていたが、特に大きな変化はこの日の前日、4月15日から踏切が通れなくなったこと。よく見れば遮断機も既に取り払われている。
2020.4.16.② 踏切が通れないので歩行者は側の地下道を通る。地下道の線路西側出口から見える岩手山が美しい…のだが残念、この写真だと良く見えない。
2020.4.16.③ 踏切の東側は目隠しが高く変化に乏しかったのであまり撮らなかった。
2020.4.19.① 踏切西側入口手前まで地面が均された。
2020.4.19.② この看板を見たときは、ずいぶん先が長いなぁとかここが開通する頃には息子は立っているなぁとか思っていたなぁ。
2020.5.13. ① 歩道が先に完成。道路も砂利の上にセメントが乗り、突き固められている。一部はアスファルトが敷かれた。
2020.5.13.② 踏切西側の角の家屋はすっかり無くなった。踏切に向かって左側に、コンクリートの構造物が追加されている。
2020.5.13.③ コンクリートの構造物のアップ。この幅の分、踏切が拡張されるようだ。
2020.5.13.④ 踏切警報機、非常ボタンも取り払われている。
2020.5.29。深夜0時過ぎ。深夜とか冬季とかは作業単価に割増しが乗るんだろうけど、それにしてもこんな夜遅くまで作業を続けるとは頭が下がります。
奥にはローソンの看板が見える。
2020.6.18。ありし日のローソン盛岡北夕顔瀬店。この後6月30日の15時に閉店となった。昔はサンクスだったらしいが、2016年に引っ越してきたときには既にローソンだった。最寄りのコンビニだったので大分お世話になった。
2020.12.10.① 今度は半年ワープしてしまった。息子が亡くなった後、久々に撮影。いつの間にか踏切に警報機が設置され、拡幅されたスペースは歩道になり、アスファルト敷きの道路の範囲が拡がり、ロードヒーターが埋められ、角の更地に家が建った。
2020.12.10.② ヒーターのアップ。坂は長くなった分緩やかにはなっているが、それに加えてロードヒーティングもされるならば冬はずいぶん心強い。
2020.12.10③ 踏切内の道路は整備済み。非常ボタンと遮断機が付いた。遮断棹と障検はまだ。
2020.12.21.① 車両センターに向かう(この写真だと後ろ方向)歩道も整備された。その隣の車道?は用途不明。焼き芋の軽トラがまた停まっている。個人の土地のままなのかな。踏切西側角の家もほぼ完成した。
2021.12.21② 踏切西側一帯の道路はほぼ完成している。この写真の右奥、地下道に向かう坂の舗装が少し残っているくらい。障検も付いた。
2021.1.13.① 歩道の一部に柵が付いた。
2021.1.13.② 遮断棹も付いている。ロードヒーティングは歩道にも埋められたようで嬉しい。近隣住民が雪をここに置いて解かそうとしないことを祈る。
2021.1.25。一番最後に残っていた個所。踏切西側の、南側。車道と歩道の段差部分がアスファルトで埋められて、多分作業は全部終わったと思われる。
2021.1.31.① 16時半頃。日付が変わるタイミングで開通ということで、通行止めの柵などを取り払う作業を行っていた。
2021.1.31.② 23時半頃。0時に開通するところまで見たかったのだが、警備員さんによるとJR東日本の支社担当者が来るとのこと。何となく恥ずかしかったのでその前に退散してきた。
2021.1.31.③
2021.1.31.④
20201.2.1.① 7時前。しっかり開通している。「列車が来ます。ご注意ください。」という自動放送が警報機から流れていた。その後聞かないのだが、何か条件があるのだろうか。それとも最初だったから?
20201.2.1.③ スクールガードの方々が何か配る準備をしていた。気になったけど、通勤電車に間に合わなくなるのでそのままスルーしてしまった。残念。
20201.2.1.④ 西側から東側を向いて。
20201.2.1.⑤ 東側から西側を向いて。レーザー式の障検が踏切の左右に互い違いに配置されている。それにしても立派な踏切になった。
20201.2.1.⑥ 踏切の東側はロードヒータは埋め込まれていないようだ。
20201.2.1.➆ 踏切の東側。北に向かって短い歩道ができた。
20201.2.1.⑧ 「境田川原踏切拡幅整備 竣工・開通記念」の幕が、踏切東側と西側両方に掲げられていた。これは東側のもの。
20201.2.1.⑨ 踏切東側。ローソン前の駐車場は踏切に向かう車道に変わった。これだとローソン跡地にコンビニが入るのは難しそう。JRの関連会社が踏切近辺で作業するときの休憩・宿泊所とかになるのかな。それか隣にあるCFPの倉庫とか。
20201.2.1.⑩ 以前は踏切遮断時に直線道路(写真では赤信号が見える道路)まで開通待ちの車の列がはみ出していた。ローソン前に道路が伸びたので、今後はある程度解消されそう。直線道路を北から南(画面の奥から手前)に向かって走ってきた車が右折するのは若干難しくなったかも。
20201.2.1.⑪ 歩道もしっかり整備されたので、車の隣で申し訳なく開通を待つこともなくなった。

踏切が変わるこの1年半で実に様々なことがあった。その後境田町からは引っ越したが、すぐ近くに住んでいて今後も境田川原踏切を通る機会は多い。
踏切を渡るたびに過去の楽しかった日々を思い出しつつ、できれば今後も前を向きながら生きていきたいと思っている。

(2021.2.21)

オマケ

踏切には第1種から第4種まである。

第1種∶警報機+遮断機

第2種∶決められた時間に踏切保安員が操作(全て第1種に置換え済みでもう存在しない)

第3種∶警報機のみ

第4種∶警報機も遮断機もなし

境田川原踏切は第1種踏切だが、先日たまたま第3種と第4種の踏切の写真を撮る機会があったので、以下に載せます。

第3種踏切、大船渡線No.7針山踏切。警報機はあるが遮断機がない。2021.2.23
針山踏切その②。大船渡線には第1種踏切が44箇所、第3種は4箇所、第4種が2箇所ある(2020年4月現在)。2021.2.23
第4種踏切、大船渡線No.11 金山踏切。警報機も遮断機もない。2021.2.23
金山踏切その②。とまれみよの上の✕印、「踏切警標」があることで踏切になれる。2021.2.23

転職する前の職場の知り合いに、全国津々浦々の踏切を撮ってはSNSに上げるという趣味の持ち主がいたったな。その当時はその人の気持ちが理解不能だったが、百万分の1くらいは分かるようになったような気がする。

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