クスサン

啓蟄を迎え、春分を迎えて、辺りはすっかり春めいてきた。
木の枝の蕾が膨らみ、小さな羽虫が飛び始め、少しずつ生き物の気配が増えていく春の今時期は、なかなかどうして気分が良い。スギ花粉は怖いが、何だか無性に外に出かけたくなる。

そんなわけでルンルン気分で近所の散策コースを歩いてみたところ、スカシダワラ(クスサンの繭)を沢山見かけた。はじめに写真を撮り、後日お持ち帰りし、結局最終的には中身まで取り出してしまった。
蛾というものは本当に気持ち悪くて恐ろしいが、好奇心に負けて大嫌いな蛾を触ってしまう自分も、我ながら恐ろしい。そしてそんな風に人を妙に積極的にしてしまう春が、一番恐ろしい。

3月7日

松園の小鹿公園から鉢の皮に抜ける散策コースの途中で見かけたスカシダワラ。中身がずっしりと詰まっている。2022.3.7
葉っぱをまとったスカシダワラも。2022.3.7
見上げると至る所に繭が。うひゃあ気持ちわる~。夏はこの辺には近づくまい。2022.3.7

私は蛾が大嫌いなので、クスサンについて今まで詳しく調べたことが無かった。だから時々冬の里山で見かけるスカシダワラに中身が入っていた場合、それは生きているのだと思っていた。冬を蛹で乗り切る蝶も多くいるし。
で、今回よく調べてみて初めて、クスサンが冬を卵で過ごし、4月頃に孵化し、7月頃に蛹化し、9月頃に羽化して交尾・産卵、卵でまた冬をしのぐ、というサイクルで生きていることを知った。つまり冬のスカシダワラに入っている蛹は死骸ということだ。

私は蛾が嫌いだが、蛾の何が一番怖いかって、バタバタ羽ばたくのが怖い。蝶に比べて飛ぶのがかなり下手なので、高確率でぶつかってくるのも怖い。だから羽ばたかない蛾の幼虫は多少怖くない。蛹も、腹をウニウニするのはあまり気持ちいいものではないが、まずまず怖くない。そして蛹が死亡しているならばなおさら怖くない(たぶん)!
よーし、じゃあスカシダワラを持ち帰って、中身を写真に撮りましょう!!

3月24日

そんなわけで再度同じ場所を訪問。当然ながらそこにはスカシダワラが。2022.3.24
スカシダワラをフリマアプリで売っている人もいるみたい。こんなものを買った人は、その後これをどうするのだろう?2022.3.24
うむ。大漁大漁。って、やっぱり気持ちわる〜!タッパー1個分でお腹いっぱい、後のヤツらはそのままにして撤収だ。2022.3.24

さて、持ち帰ったスカシダワラの中から、羽化に成功したらしき個体をピックアップし、早速写真に収めていく。

おぉー、繭だけ見れば結構美しいな。カイコガは羽化の時に繭を液体酵素で溶かしてほぐしてから出てくるらしいが、クスサンの繭は頭側に羽化した成虫が出ていくための抜け穴構造があり、溶かさずに出て来れるんだって。写真の右側のパシャパシャしているところがそれ。2022.3.24
繭はかなり硬くて手ではちぎれなかった。はさみで切り、中身を取り出す。蛹の抜け殻、シラガタロウの抜け殻。蛹の抜け殻はアングルの関係で古生代の魚みたいになっちゃっているが、背中側。2022.3.24
シラガタロウの抜け殻。昔は近所の栗の木なんかにウジャウジャくっ付いていたものだが、最近はあまり見かけない気がする。もちろんこのスカシダワラを見つけた山に夏に入れば、ウジャウジャいることだろう。2022.3.24
蛹の抜け殻、顔側。左上の黒い穴が何かは不明(気門なのかな?)。目、触覚、足、羽がきれいにスペースに収納されている。2022.3.24

抜け殻のヤツは触っても大丈夫だったので、今度は羽化に失敗した、中身の詰まったヤツも取り出してみることにした。↓↓

冬山でこのようなスカシダワラは良く目立つが、本来は7月頃繭を作って蛹になり、9月頃に羽化し、冬はもぬけの殻だというから、冬に目立っても全く問題無しだ。夏だと紡いだ葉も枯れておらず、きっと相当カモフラージュされていることだろう。…では、意を決して。先端をチョキリ。2022.3.24
コロンと出てきた、中身の詰まった蛹。死んでいる…よな?もしかして蛹で越冬する珍しいタイプも実はいたりして、とか思うとちょっと気持ち悪くなってくる。ピンセットでツンツンしたり、持ち上げてポトッと落としてみたり。何度やっても全く動かない。ふう、大丈夫なようだ。2022.3.24
お尻には爪が付いているのね。2022.3.24
次第に警戒心も薄れ、直接持ってみたり、まじまじと見つめてみたりする。臭いはしない。できれば切開して中身をチェックしてみたいと思いつつ、さすがにその勇気はなかった。2022.3.24

3月25日

次の日も写真撮りの続きをして楽しんだ。

繭の上部にある出口を観察。中からは出られるが外からは入れない構造になっている。ネズミ捕り器とか、魚のワナとかに付いている仕組みと一緒。2022.3.25
ひょっこりさせて遊んでみたり。2022.3.25
今回収集した12匹の正面写真。どれもみな個性的だ。そしてどれもみな気持ち悪い。2022.3.25
スカシダワラたち。2022.3.25
横向きに並べてみたりして。2022.3.25
上半分はスカシダワラ、左下はその出口をはさみで切ったもの。右下はシラガタロウの抜け殻。シラガタロウは12個の繭から8匹だけ出てきた。2022.3.25
右下の3匹だけ抜け殻だった。あとの9匹は羽化失敗のヤツら。結構羽化成功率が低いのだろうかね。場所を変えながら収集して割合を調べたら面白いかも。2022.3.25
この2日で大分抵抗感が薄れた。素手でつまむのももはやお手のもの。このままではふとした瞬間にスナック感覚でサクッと食べてしまうかもしれない(嘘)。ちなみに食べた人の感想をネットで読むと、皮は「尋常ではなく堅い」らしい。うへぇ。2022.3.25
さて撮影後は庭に穴を掘り… 2022.3.25
一切合切をイン。念の為生きているクスサンの蛹をユーチューブで見て、色や動きを最終チェック。目の前のヤツらとは全然違う。しばらく観察し、触ってみて、やはり全く反応ないことを確認する。2日間、ありがとうございました。2022.3.25
土に還り、また新たな生命体の構成要素となってくれい。あぁでも庭の田んぼに染み出したら私の構成要素になるかもな。それはちょっと気持ち悪いな。2022.3.25


いやぁ、気持ち悪くも貴重な体験でした。
しかしスカシダワラの頑丈さには驚いた。今回採集したスカシダワラは多分去年羽化した、もしくはしようとしたものが枝についていたのだと思うが、あれだけ丈夫なら、もしかしたら2年モノ、3年モノなんてのもあったりするのかもしれない。

さて、もうすぐ桜が咲き出す頃ですな。次は桜の写真を撮りに盛岡のめぼしいところを巡るぞ。その後は樹木に付いた葉の緑を撮って回り、その後は虫の季節を堪能する。並行して妻と一緒に娘や息子と遊ぶ。今にも先にも楽しみが沢山。

春の次には必ず夏が来る。日本を離れるか、何かの都合で長期間眠り続けるか、死ぬか、地球が滅亡するかしなければ、春の次は夏だ。いや、眠り続けても、自分が死んでも、日本の大地には春の次に夏が来る。春の後にすぐに秋が来たり、春から冬に逆戻りしたりすることはない。その連続性を信頼しつつ、そこから自分や大事な人が離れる可能性も考慮しつつ。なるべく後悔が少なく済むよう、今を堪能し、かつこれから先にも大いに期待を持ちながら、何気ない日々を送りたい。

(2022.3.26)



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